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創作にも読解力は必要!

日本人の読解力が落ちているらしい。

読解力とは「文章などを読み解く能力」の事で、人間が生きて行く為に必要なスキルの事。

もっと言うと、相手の気持ちを読んだりその場の空気を読む力の事で、この読解力が足りたいと意志の疎通が成り立たなくなる。

読書をしていても、作者が本当に言いたい事は文章の中には書かれていなくてその裏側にあったり、文章の内容とは全く正反対の事だったりするのはよくある事。
その場合、読書という行為が意味をなさなくなってしまう。

読解力はそれだけ重要なスキルでもあるんだ。

実は、この読解力は創作の分野でも重要なスキルで、詩や小説・エッセイ等のテキスト系からイラストや写真・動画等のビジュアル系に至るまで創作の世界では必須スキルの一つ。

自分の心を表現する創作では、読解力が不足していると何を表現すればいいのか分からなくなる。

自分自身の心ですら読めないと自己表現ができなくなる訳だ。

だから、いつも読解力を磨いておく必要がある。

本や新聞を読んで読解力をつける方法もよくネットで紹介されているけれど、そもそも読解力が足りない訳だから文章を読んでいる途中で行き詰まってしまう。

そんな時は画像や動画に短い文章を付け加えている作者に自分が感じた事や思った事をコメントしてみると良い。

何らかの反応があればそういう事なんだなと分かるから・・・

そう言えば、僕も昔有名な詩人や写真家によくコメントしてたな。
その反応に一喜一憂していたのを今でも思い出す。

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「創作帳」ブログを始めました!

こんばんは。
著作者のCreationBookです。

お役立ちコラム・エッセイを綴る「創作帳」ブログを始めました。

創作帳ブログは、創作について思った事や感じた事をメインに、ブログに残しておくと今後も役に立つかな?と思う記事なども綴って行きたいと思います(更新頻度は結構ゆるいかもです)。

迷った時や悩んだ時、何かのヒントにして頂ければ幸いです。

これから、新しい事にもチャレンジしながら、僕自身もブログ運営を楽しんで行こうと思っていますので、どうぞヨロシクお願い致します( ̄^ ̄)ゞ

創作するなら、先ずは環境から!

はてなブログから、Bloggerブログへの移転設定がほぼ終わりました。

新ブログの立ち上げや独自ドメイン設定は、2、3日で問題なく完了したんだけど、これからどういう創作ブログに育ててて行くのか?という所で、あーでもないこーでもないと手間取ってしまった。

時間的には、プラン8割、行動2割って感じですね(汗)

結局、将来的に創作のジャンルを幅広く扱えるように、独自ドメインのメインブログで創作記事を書きながら、サブブログで詩や落書きイラスト等の専門ジャンルを扱うようにしました。

これで、どの方向にも対応できるからね。

それで、なぜはてなブログからBloggerに独自ドメインを使って移転しようとしたのか?という理由については、僕の場合は、Bloggerを創作メインのブログとして使おうと思っているので、無料で多機能なBloggerの方がメリットが多かったからなんだよね。

▼Bloggerのメリット

①強制広告がない。
②商用利用できる。
③表示が早い。
④独自ドメインが使える。
⑤規制が緩い。

▼Bloggerのデメリット

①コミュニティやコミュニケーション等の横の繋がりが弱い。
②テンプレートが少ない。
③不具合や追加機能等の情報量が少ない。
④サービス終了の可能性がある。

デメリットも結構あるけど、創作コンテンツのポートフォリオとして使ったり、創作メインに記事を書いて行こうと思っている僕としては、それを補っても余りあるメリットがスゴく魅力的だった。
これだけのメリットを無料で使えるサービスは他にはないしね(それでも、僕が一番恐れるのは、Googleお得意のサービス終了だったりする)。

当初は、レンタルサーバーでWordPressを考えてたんだけど、レンタルサーバーとWordPressの組み合わせは、結構不具合も多いみたいで、管理やセキュリティを全部自分でやらなきゃイケないから、創作記事やコンテンツをメインにするなら、やっぱりBloggerという結論になりました。

創作ブログは、創作が命

その環境もやっと完了したので、これからは創作に集中できると思います。

創作するなら、先ずは環境からっていうお話でした。

それでは、また(´ω`)

自分らしく生きるとは!

人生は選択の連続。
知識や才能があろうがなかろうが選択を迫られる。

誰もがその分岐点で立ち止まり迷いの中また一歩一歩あるき出す。

慌しい日常に流されてふと立ち止まった時
あの時、左の道ではなく右の道を選べばもっと違う人生になっていたんじゃないか?
あの選択は本当に正しかったのか?
一瞬、頭の中を過る。

けれど、それがその時その時自分の出した精一杯の答えなら僕は正しかったと信じたい。

人も動物だから同じ価値観、同じ思考の人間は多少の違いはあれど同じパターンを繰り返す。
どちらの道を選んでも結局その先のどこかで繋がっているような気がする。

それより何より、世間の常識や意見に惑わされず自分で決めた事ならその先で待っている結果がどうであれ自分自身が納得できる。
素直に受け入れられるんだ。

小さな選択が集まった土台の上に今僕らは立っている

自分らしく生きるとはそういう事ではないかと思うのです。