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Bloggerで過ごす穏やかな時間

今日はしとしとしとしと雨。

けれどとても優しい雨で今コーヒーを飲みながらまったり中の僕です。

慌ただしい日常から離れてこういう穏やかな時間の中で過ごす事も必要だよね。

Bloggerは賑やかでアグレッシブなSNSやブログとは違ってこういう雰囲気を持っている。

静かで寛容な人達がいてそこそこ反応もあって心地良い空間って言えば良いのかな?

そんなスペースで記事を書いてると自分だけの世界にどんどん入って行くのが分かる。

そんな環境の中で書くブログも中々良いもんだ。

僕がBloggerを使っている理由

僕は今、創作帳ブログを書くのにGoogleブログのBloggerを使っている。

Bloggerはテンプレートテーマやサービスの情報が少ない事、不特定多数と繋がるコミュニケーション機能が弱い事から日本では不人気なんだけど純粋に創作作品等の特化ブログを運営するなら基本的なシステムはかなり安定しているので十分満足できるレベルにある。

コミュニケーションや拡散はSNSですれば良いからね。

他にも自由度やカスタマイズ性が高いサービスもあるけれどサーバーやシムテムの管理・セキュリティを自分でやらなきゃイケないから創作や記事を書く時間が減ってしまう。

創作や特化記事に専念するならやはりBloggerになるんだよね。

広告がなくてサクサク動いて独自ドメインも使えてデータ容量も多い無料ブログって他にはないし・・・

ただGoogle+のように終了してしまわないかが最大の心配事。
Googleは止める時には止める企業だからね。

まだ先の話だけどBloggerと同程度の無料ブログが出てこなければまた選択を迫られる事になる。

その時が訪れない事を願いながら僕は今日もBloggerにこの文章を綴っている。

Googleにはまだまだ頑張ってほしいと思うのです。

創作の継続について考えてみた

継続は力なりという有名な言葉があるように継続する事は大切ですよね。

では継続の何が大切なのか?
少し考えてみた。

一般的には継続すると
①どんな人でも能力は向上する。
②少しずつでも訪問者が増える。
が大きな理由になっている。

確かに続けていなければ能力も上達しないしいつ来ても休みばかりじゃ訪問者も減ってしまう。

だけどもこれを創作に絞ってみると少し状況が変わる。

僕もできるだけ毎日ブログ更新を心がけているんだけど忙しくて中々創作までできない時があるんだよね。

そういう時に創作すると自分で見ても何か変。
大体の場合はボツ作品になってしまうのが現状でそれならその日はゆっくり休んで翌日またガンガン創作すれば良いんじゃないかなと思う。

能力の上達や訪問者増加どころか逆に二度と来ない訪問者を増やす結果になってしまいかねない・・・
所謂やっつけ仕事的なものはしっかり創作作品に出てしまうので僕はそれを嫌っている訳です(汗)

それでも創作にあまり間隔を開けてしまうと今度は感覚がズレてしまう。
これは特にイラスト創作に顕著にあらわれる事が多いですね。

イラストのキモになる線が思ったように引けなくなるんだよね。
それを防ぐ意味で僕はできるだけブログ更新するようにしてます。
SEOも考えると間隔を開けるとしても2〜3日が目安かな?

それから僕の場合フォロワーというのは今僕がやっている創作で良いのか良くないないのかの判断のバロメーターになっています。

つまり自分が良いと思っていても自分以外の人のダメ出しが多ければ良くないという判断ができる訳です。

どんな人も自分じゃ判断できないんだよね。

そういう意味で僕にとってのフォロワーはとても重要な存在だったりする。

以上をまとめると忙しい時や疲れている時はゆっくり休んで元気な時にしっかり創作する。
結果的にそれが自分のモチベーションを上げる事に繋がるし訪問者を増やす事にもなると思います。

自分のペースに合わせる事。
簡単そうで中々できない。
一番大切で一番厄介なものなのかも知れませんね。

創作を楽しむ

僕はこの創作帳ブログの他にも別ブログで詩や落書きのブログもやっている。

落書きの創作は2年くらい。
詩の創作はかなり前からやっていて今どちらのブログも150を超えた辺り。

ポートフォリオとして作ったブログなんだけど過去に創作したものを一つずつ投稿している。

このペースだと全部投稿するのに落書きや詩は1年以上かかる予定なんだ。

そもそも僕が創作を始めたのは、詩は編集していた画像の説明用に、落書きはSNSで感情表現する為だった。

遊び心で始めたこの創作が中々反響が良くてついつい楽しくて今に至っているという訳です。

まだ初期の頃の創作なので辿々しい部分は沢山あるんだけど、投稿しながらその一つ一つを眺めているとこの頃は悩みながらも結構楽しんでたなと走馬灯のように思い出される。

やっぱり
創作は何より自分自身が楽しむ事が大切なんだよね

人間はどんどん欲を追求してしまう生き物だからもっと綺麗なものもっと面白いものを追求しちゃう。
それで行き詰まって創作する事自体が面白くなくなったり苦しくなったりする。

だからちょっと疲れたな楽しくないなと感じたら一度ゼロに戻す事をお勧めします。

目指している表現の強さや切れはどうでもいいので、そういうものは全部捨ててしまって今自分が創作したいものを適当にゆるゆるで作って投稿してみると良い。

こんなものが!
って思わぬ反響が結構あったりするからね。

それを続けると気がつけば創作を楽しむいつもの自分に戻っている。

結局、理屈で作ったものより感覚で作ったものの方が感情が伝わるんだよね。

なぜなら今の僕がそうだったりするから・・・

どうすれば独特な文化を築けるのか

僕も新しい物好きで新しいネットサービスを実験的にアレコレ試したりしているんだけれど人気のあるサービスには共通点がある。
味というか色というかそのサービス独特の文化を持っている。 いやサービスだけじゃなく個人レベルの創作も同じ。
これだけはどんなに技術や知識があってもお金を持っていても絶対に真似できない。
つまりこうすれば独特な文化が築けるっていう方程式がない。
だからスペシャルな文化を独占できる訳でそりゃあ人気も出るよね。
じゃあどうすれば独特な文化を築けるのか? ちょっと考えてみた。
結論から言うと小さく適当にを沢山始める。 考えても分からないのだから多分これしかないだろう。
ここでキモになるのは「小さく適当」。 初めから大きく熱くやっちゃうと自分で舵が取れなくなるからね。 取り敢えず遊びながら適当に始めて様子を見る。
そうするとアレッこれ結構イケるかもって思う物がいくつか見つかるから後はそれをメインに育てて行けば良いと思う。
それから沢山始めると創作する時間がなくなる。 だから断捨離で整理する。
でもみんな悩むんだよね〜 本当にこれ止めちゃって良いのかって。
それでもどんどん切って行く。 ここで今必要のない物を残しちゃうと本当にやらなきゃイケない事ができなくなる。
切っちゃって失敗しても良いんだよ。 また始めれば良い事だから。
そうして残ったのが僕の創作している詩や落書きイラスト。 落書きイラストなんか何でこんな適当に描いたものがって思う事も度々・・・(汗)
一見遠回りに見えて実はこれが一番の近道だったりする。
やりたい事とできる事は違うんだ。
何はさておき先ずは遊びから

自分視点で自分探し

最近のSNSは社会への情報発信がメインになってしまって自分に向き合う時間が少なくなったと感じる事が増えた。

SNSを使えば使うほど自分が社会に流されて行く感覚の中で一体僕は何がしたかったんだろうと・・・

勿論文章を書くという事は自分に向き合う事にもなるんだけれども、その前提には社会という大きな流れがあって知らず知らずそれに合わせてしまっているんだと思う。

その中で足掻いたり藻掻いたり。
溺れてしまいそうな自分がいたりする。

そこで情報発信を少し緩めて情報受信を中心に活動してみた。

自分の好きなものや興味のあるものをただ集めて行くだけなんだけれど、自分発見には意外とこれが良い。

ただ単なる好きでしかなかった一つ一つが沢山集まると自分でも気づかなかったやりたい事がだんだんカタチになってくる。
社会視点から自分視点に変えるだけで全く違う世界が見えてくるんだ。

向き合わなきゃいけないのは社会ではなく自分自身。

自分視点で自分探し

素直に自分を受け入れる事も大切なんだ。

なりたい自分はいつも自分の心が決める

生活の為に創作をするべきなのか?
楽しむ為に創作をするべきなのか?
どちらがベストなのかがよく議題になる事がある。

僕の場合は後者の楽しむ事を中心に創作活動をしている。

なぜなら収入を得る為に創作活動を続けていると、したくない創作もやらなくてはいけなくなるし創作そのものに偏りが出てしまうからだ。

そうなると最早創作が創作ではなくなってしまう。

つまり収益優先でスタートした創作はどこまで行っても創作ではなく収益になってしまうんだ。

僕が創作の中に求めているのは収益ではなく自己表現。

今の世の中は収益が第一目的でそれに逆行する自己表現メインの創作活動は一見時代にも逆行しているように思えるけれど、長い目で見ると人生を豊かにしてくれるし自分を大きく変えてくれる力を持っている。

だから今は時代の流れに乗る事よりも自分の正直な気持ちに乗る事の方がいずれ訪れる未来の為には必要なんだと思う。

目先の収益を取るか?
未来の自分を取るか?

それは自分自身にしっかり向き合えば心が答えを出してくれる。

なりたい自分はいつも自分の心が決める

僕はそう思うのです。

創作とは自由に表現して評価するもの

創作とは「自己表現する事」。

そしてその創作は二つの性質を持っている。

一つは創作表現の自由。
どんな創作作品であっても誰もが自由に表現する事ができる。

もう一つは創作作品(品質)への評価の自由。
どんな創作作品であっても誰もが自由に評価する事ができる。

この二つのバランスで創作は成り立っている。

ところがその二つのバランスが崩れると創作という行為自体が存在できなくなってしまう。

例えば自由に創作した作品の評価が低いというのは、それが正当な評価だとすればそれはそれで問題はない。

問題は評価が低いという理由で創作活動そのものが制限されてしまう事なんだ。

そうなると創作というものが最早自己表現ではなくなってしまう。

綺麗なもので埋め尽くされてそうじゃないものが存在しない世界というのは表面上は美しいけれど偽物の世界。

世の中は綺麗なもの、汚いものが存在して初めて本質が見えてくる。

だから創作作品を評価する人には寛容さが要求される。

どの作品も同じものばかりでそれを綺麗だと言わなければならない世界って、見えない何かに縛られているみたいでとても息苦しい。

僕はこの世界がもっと自由に表現して評価できる世界であってほしいと思うんだ。